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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)184号 判決 1960年5月09日

控訴人 藤田雪子

被控訴人 東稲松

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し三万三九一六円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中第一審の分は控訴人の負担とし、当審の分は被控訴人の負担とする。

この判決主文第二項は披控訴人が一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、

控訴代理人において、控訴人は、竹川直松に対し四〇万円の債務を負担するにすぎない。すなわち、控訴人は、竹川直松に対し請負金額一三〇万円でアパート建築を注文したが、竹川直松は、未完成のまま工事を中途で放棄したので、控訴人は昭和三二年八月頃小林清夫の仲介により右請負契約を合意解除し、施行済の部分だけの引渡を受け、これに対し竹川直松に支払うべき工事代金の残額を四〇万円と協定し、その支払方法は本件家屋を担保として銀行から四〇万円を借り受け、その手続完了次第一時に支払う旨約定した。従つて、控訴人は竹川直松に対し被控訴人主張のように六二万〇六〇〇円の債務を負担していないから、控訴人が六二万〇六〇〇円の債務を負担していることを前提とする本件差押及び取立命令は妥当でない。次に、控訴人は、昭和三二年一二月二二日本件差押及び取立命令(大阪地方裁判所昭和三二年(ル)第七一〇号、同年(ヲ)第七〇〇号)の送達を受けた外、同一債務につき債権者柳本正の申請により二〇万一五六八円(昭和三四年五月一二日付控訴人の準備書面に二一万一五六八円とあるのは誤記と認める。)につき同年九月五日大阪地方裁判所昭和三二年(ル)第四六三号、同年(ヲ)第四四八号債権差押及び取立命令の送達を受け、かつ柳本正から差押債権取立請求の訴が提起され、現に大阪高等裁判所第五民事部に昭和三三年(ネ)第九七六号事件(一審大阪地方裁判所昭和三二年(ワ)第四〇七〇号)として係属中である。控訴人は、前記のように竹川直松に対し四〇万円の債務を負担するのみであるが、これに対し時を異にして二人の債権者の申請により二個の差押及び取立命令の送達を受けたのであるから、後の差押及び取立命令の送達を受けた時当然配当要求を受けたこととなり、差押の前後を問わず差押債権者に対し任意に支払をすることができず、前記債務額の限度で民訴法第六二一条を類推適用して供託をする外ないのである。そして、控訴人は、昭和三五年一月一一日同条の規定により債務額四〇万円を大阪法務局に供託し、同条第三項に従い大阪地方裁判所に右事情を届け出た。従つて、被控訴人は、配当手続によることなくして控訴人に対し支払を強制することはできない筋合であるから、被控訴人の本訴請求は失当である。と述べ、

被控訴代理人において、債権者柳本正の申請により二〇万一五六八円につき、控訴人主張の日その主張のような債権差押及び取立命令が控訴人に送達されたことは認める。

と述べた外、原判決の事実記載と同一(但し、原判決一枚目裏六行、七行目に「実成」とあるのを「完成」と訂正する。」であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、被控訴代理人において、甲第四号証を提出し、当審証人竹川直松の証言を援用し、乙第四ないし第六号証の成立を認めると述べ、控訴代理人において、乙第四ないし第六号証を提出し、当審証人河原政男、中尾杢太郎の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第四号証の成立を認めると述べた外、原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。

理由

控訴人が注文者、竹川直松が請負人として、請負金額一三〇万円でアパート(以下本件建物という。)の請負契約をしたことは、当事者間に争がない。被控訴人は、竹川直松は昭和三二年五月頃右建築を完成して引き渡したが、控訴人が請負代金を完済しないため、同年八月当時控訴人に対し六二万〇六〇〇円の請負残債権を有していたと主張し、控訴人は竹川直松が工事を完成しなかつたので、請負契約を合意解除し残代金を四〇万円に減額する旨合意したと主張するので考える。原審及び当審証人竹川直松、原審証人東サダ子の各証言中被控訴人の右主張にそう部分は、後掲の証拠と対比して信用することができないし、他に右主張事実を確認するに足る証拠はなく、かえつて、成立に争のない甲第三、第四号証、当審における控訴人本人尋問の結果により成立の認められる乙第一号証、当審証人河原政男の証言により成立の認められる乙第二号証、第三号証の一ないし四、原審証人小林清夫、当審証人河原政男、中尾杢太郎の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、竹川直松は、昭和三二年三月頃控訴人から、本件建物を畳建具電気水道工事付、代金の支払方法は頭金として請負代金の三割五分を支払うこと(入居敷金は頭金として竹川直松に支払う。)、残額は毎月末日四万円ずつを支払うこと、建物の所有権は請負代金を完済するまで竹川直松に留保する約定で請負い、右建物の建築工事を施行したが、未だ完成せず又は不完全な個所があつたのに約定どおり完成したとして、控訴人から既に支払を受けた金額を除いた残金六二万〇六〇〇円の支払を求め、控訴人はこれに対し本件建物につき未完成の部分や不完全な部分があるといつてその支払をせず、両者間に紛争を生じた。昭和三二年八月五日控訴人と竹川直松とは、小林清夫と中尾杢太郎の仲裁により、竹川直松は控訴人に対し本件建物を当時までにでき上つた状態のままで引き渡すこと、その後の工事は控訴人においてすること、請負代金から既払代金を差し引くと残金は六二万〇六〇〇円となるが、これを四〇万円に減額することとし、控訴人は本件建物を担保として相互銀行から金員を借り受け、その手続完了次第支払うことを約した。控訴人は、その後大工の河原政男に依頼して本件建物を完成させ、その工事費として同人に約二三万円を支払つた。以上の事実を認めることができる。そうすると、本件請負代金残金は、四〇万円に減額され、控訴人は竹川直松に対し昭和三二年八月五日当時においては四〇万円の債務を負担するのみであり、その履行につき期限の定のなかつたものといわなければならない。

被控訴人が竹川直松に対する大阪簡易裁判所昭和三二年(ロ)第八四九号貸金請求支払命令申立事件の仮執行宣言付支払命令に基き、竹川直松の控訴人に対する本件建物の前記請負代金債権の内三七万四〇〇〇円につき、大阪地方裁判所に債権差押及び取立命令の申請をし、同裁判所が同年(ル)第七一〇号、同年(ヲ)第七〇〇号事件として同年一二月二〇日被控訴人申請どおりの債権差押及び取立命令を発し、同命令が同月二二日控訴人に、同月二四日竹川直松にそれぞれ送達されたことは、当事者間に争がないから、右差押命令により前記請負代金残金につき差押の効力を生ずるとともに、被控訴人はその取立権を取得したものというべきである。

しかし、控訴人が、右差押及び取立命令が控訴人に送達される前の昭和三二年九月五日柳本正の申請により同人の竹川直松に対する債権の執行のため、前記請負代金債権の内二〇万一五六八円につき、大阪地方裁判所の発した同裁判所同年(ル)第四六三号、同年(ヲ)第四四八号債権差押及び取立命令の送達を受けたことは、当事者間に争がないから、同一の金銭債権につき柳本正と被控訴人との債権差押が競合していることが明らかである。そして、同一の金銭債権につき二人以上の債権者から同時又は順次に差押があつた場合には、金銭債権につき配当要求の送達を受けた場合と同様に、第三債務者は、民訴法第六二一条の類推により総債権者のために債務額を供託してその債務を免れることができるものと解するのを相当とするから、控訴人は、第二の債権差押及び取立命令の送達を受けた時から遅滞なく前記請負代金残元金四〇万円を供託してその債務を免れることができるものというべきである。成立に争のない乙第四ないし第六号証によると、控訴人は、昭和三五年一月一一日前記債権差押及び取立命令を得た債権者柳本正(債権額二〇万一五六八円)及び被控訴人(債権額三七万四〇〇〇円)に対し、民訴法第六二一条により前記請負代金残金四〇万円を大阪法務局に供託し、同月一九日大阪地方裁判所に右事情を届け出たことを認めることができる。そうすると、控訴人は、右供託により前記請負代金残元金債務を免れ、柳本正及び被控訴人は、配当要求の方法により右供託金から弁済を受けるべきであるから、被控訴人の請求中右残元金につき支払を求める部分は失当である。しかし、控訴人は昭和三二年一二月二二日被控訴人申請の債権差押及び取立命令の送達を受けた時に支払期限到来したから、その後遅滞なく請負代金残元金債務を供託することにより、残元金債務ばかりでなく遅延損害金債務をも免れるのであるが、控訴人が右遅延損害金を弁済し又は供託したことにつき何ら主張立証がないから、控訴人は、少くとも右昭和三二年一二月二二日から相当期間を経過した本件訴状が控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明白な昭和三三年三月二一日から前記四〇万円を供託した日の昭和三五年一月一一日まで、右金員に対する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金三万三九一六円の支払義務があることは明らかである。以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、右金員の支払を求める限度で正当として認容されるべきであるが、その余は失当として棄却されるべきである。

以上と異る原判決の部分は失当であつて、本件控訴は一部理由があるから原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条第九〇条第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)

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